はらたいらさんにぜんぶ
はらたいらさんが死んでしまわれた。
日課である“めざにゅ~”をつけた途端そのニュースが流れてました。
何でも肝不全らしい。やっぱしお酒のせいなんだろうか。
丹波哲郎、ポール・モーリア、岡田真澄、鈴置洋孝。
幼いときから知っている人が居なくなるのはなかなか寂しいものです。
いかりや長介が亡くなったときは“8時だョ!”世代だっただけに非常に哀しかったもので、他にも好きな有名人が死んだら哀しいものだろうと思ったものだが、実際はそうでもない。
このテレビ第一の世の中では居なくなってもいつまででもその動いている姿を見ることができる。
これらにどうにも勘違いさせられてしまい居なくなった気にならない。
もともと身近にいない人であるせいもあるのだが、映像がそれに拍車をかける。
良いことなんだか悪いことなんだか。
そんな死と映像を題材にした映画を最近観た。
“ファイナル・カット / THE FINAL CUT (2004)”
好きなんだが、最近はどうも恐い(?)役ばかりやってる気がするロビン・ウィリアムス(Robin Williams)主演。
ちょっと近未来のお話しで、ここでは人の一生分のデータを記録できるチップが開発されており、それを頭に埋め込むことでその人の記憶はすべて記録できる、というもの。
映像がまだメインらしく、嗅覚・触覚などは記録されず、見聞きしたものだけに限定されているようだが、それでもほとんどの記憶に該当するだろう。
ロビン・ウィリアムス扮するアランは、そのチップの編集者である。
チップは埋め込んだ人の死後に取り出し、追悼式でそこに記録されている一生分映像を流して死者を想う。
さすがにすべて流せばどえらい時間がかかるので(死者が享年80であれば80年間)、それを短く編集していくのである。
なかなか今後起こりそうなお話し。
さっきの有名人の死後についてはもう既にこうなっている気がする。
…と、死だ記憶だについてこれ以上深~いところまで書くのもガラじゃないのでやめときます。
いや、ま、映画の中身はそこが主題ではないのだが、今ふとそう思ってしまったので無理矢理繋げてみました。
そんなところを片隅に置きつつ観るとそれはそれで面白いし、考えさせられちゃったりするんじゃなかろーか。
とりあえず、私はそんなチップは自分のもヒトのもヤだなあ。


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