評決のとき
フレッツ・スクウェア(NTT フレッツ利用者対象)でたまに映画を観るのだが、こないだ 『評決のとき (A Time to Kill)』(1996) なるのを観た。
だいぶ前にテレビ放映で観たことがあるはずなのだが、粗方忘れててだいぶ新鮮な感じで観られた。
ストーリーは、黒人の子が白人にレイプされるところから始まるのだが、もうその後は怒濤の人種差別問題一色といっても過言じゃないほど。
アメリカ南部が舞台で、この辺の地域は南北戦争以後、現代になってもまだまだ人種差別がなくならない様子。もうKKK(あの衣装がイカに見えてしょーがない)まで出てきちゃうからホント徹底してる。
だいぶ核心的なところまで話してしまうが、自分の子をレイプされ、それが許せなかったオヤジは公判の日、そのレイプ犯たちを裁判所内で撃ち殺してしまう。「どっから持ってきた、そのM16」などというツッコミも無用なほどの勢いである。
そして捕まったオヤジの弁護を引き受けるのが、やり手の白人弁護士。よくある設定だ。
もちろん検察側も無敗を誇るイケイケ検察官。これもよくある設定。
その後、マスコミが取り上げての社会問題化、検察の証人潰し、果てはKKKの過剰なイヤガラセなどなど、悩みは尽きないどころか、「おめー死ぬぞ」的なとこまでいくことになる弁護士さん。それにもめげずオヤジの無罪を主張し続け…。
こういう場合の結果は大抵お解りになるとは思うが、その予想は正解。ただ、その持って行き方が「うわ、そうきたか」と思ってしまう。さすがにこれは観て確かめてください。
日本でもだいぶ部落や外国人に対する差別的な発想はあるのだけれど、このアメリカでの問題ほど浮き彫りではないし、むしろあれほど激しくはないのじゃないだろうか。
とはいえ、日本人にはどうも日本人至上主義が隠れた意識として根付いてる気はだいぶする。特にアジア周辺に対して。
そのうち日本でもこういう映画が出てくると面白いんだけどなぁ。日本の映画って必ず被害者ぶってるトコあるから、たまには加害者加害者してみるのも悪くないと思うのだけど。






